◆3月14日
私は小さい頃からおばぁちゃん子でした。
私のおばぁちゃんは、戦時中はサイパンで大変な思いをし、命からがら沖縄に帰ってきて、30代後半ではおじいちゃんを亡くしました。お父さんも幼かったそうなので、私の生まれるずっと前のことです。
私の両親はずっと共働きで、しかも母は私の通う保育所で保母さんをしていたので、私はいつも人前では母のことを「先生」と呼ぶように教育されていました。そんな状況からか、私の記憶では、私が4歳くらいの頃から、いつもおばぁちゃんの後ろを金魚のフンの様に、くっついて行動していました。
おばぁちゃんは、方言はほとんど使わず、いつもきれいな日本語を話し、顔立ちは、あごのラインがキュッと尖っていて、芸能人にたとえると、名前は忘れたのですが、ドラマ「花より男子」の松潤のお母さん役の人みたいな顔立ちでした。(私もあんな顔に生まれたかったです。)
いつもおばぁちゃんにくっついて、おばぁちゃんの茶飲み友達の家に遊びに行き、茶菓子とか、はったい粉とかをこっそり食べて楽しんでました。
そんな大好きなおばぁちゃん、私が大学を卒業した年に亡くなりました。
3月14日でした。
思えば、おばぁちゃんが亡くなった後も、苦しい時、幸せな気分の時、いろんな場面で、おばぁちゃんとの記憶を辿り、助けられたと思います。
それは今も同じ。
生きてたら良い事とそうでない事の繰り返しだけど、心の弱い私は時々くじけてしまうから。
おばぁちゃんの人生は、おばぁちゃん自身にとって、どんな人生だったんだろう。
3月14日。毎年、そんなことをぼんやり考える私なのでした。